5文型の一考察

 唐突だが、高校の英語教師の一人が陰険な性格で生徒から嫌われていた。二年生のころはまともな教師だったが、三年生のころから性格が変わってしまったかのようだった。生徒から手ひどい裏切りを受けたのか、昇進昇給の道が閉ざされたのか知る由もない。とまれ生徒が居眠りしようものなら、真っ赤になって怒鳴るか、「○○は英語の成績がいいからな」と幼稚ないやみをいう。気に食わない生徒が質問に正解すると、むきになり答えらなくなるまで質問攻めにする。生徒をやり込めるのが目的なので、生徒が答えられなくても正解は教えない。夏休みの宿題は英英辞典の指定部分20〜30ページを書き写せという無茶で無意味なもの。実は量が多いため僕は最後までできなかった。おまけに提出してから、数ページ分飛ばしていたことに気づいた。ところがお咎めも評価もないまま返却された。あの陰険な男が何の反応も見せないところをみると、ろくにチェックもしていないようだ。熱意もなくなったか。そもそも数百人分の宿題総計数千ページをまともにチェックできるわけがない。いっぱい宿題を出せば生徒は勉強し自分は楽ができるという発想だろう。
 極めつけに、全生徒を馬鹿にし、「昔はナイフで傷害事件をおこすやつもいたが、一人ぐらいは東大に入ったのにな」とまでいってしまった。それは人としていってはいけないだろう。

 そろそろ本題に入るが、この英語教師は5文型は必要だといっていた。ただし、その理由の説明はないし、僕は「こんな奴のいうことは信用できるか」と無視していた。人間的に出来た予備校の先生は5文型不要論を唱え、僕も支持していた。高校の教科書も素直な文章が多く、予習でわからない単語を調べて教科書に書き込んでおけばまにあった。在学中は5文型の必要を感じなかった。

 事実、5文型は不要論が多い。根拠は以下のとおり。

 5文型はイギリスの言語学者 C.T.Onionsが 『An Advanced English Syntax』(1903)にて提唱したもの。だが全ての文章を5文型では分類するには無理がある。7〜100文型までさまざまな説があるぐらいだ。欧米では使われなくなった百年前の無理がある学説だ。英語を学問として研究するには5文型は役立たず。

 じゃあ、英会話では必要かといえばむしろじゃま。



You know what? What's new? ねえねえ、最近どお?
I say, so so. そうだね、まあまあ
Let's get going. いこう
Wait. Two girls to go. Susan and Clea. まった。女の子が二人残っている。スーザンとクレアだ。
Which of two do you like? 二人のうちどっちがすき?
Eeny, meeny, miny, moe. Any complaints? どれにしようかな神様の言うとおり 文句ある?



 強引な会話だけど口語表現でまとめてみた。即答できるよう基本的な表現を暗記し、リスニングの能力を鍛えないと無理。5文型を考えていたら会話が途切れる。

 では受験英語の世界はどうだろう。この世界でも否定論者は多い。僕自身不要論者だったし。理由は上で書いたよう5文型での分類には無理があり欧米では使われていないためだ。よって5文型は有害無益。これにて終了と書きたいところだが、5文型賛同者もいる。いるのだが、理由がはっきりしない。「5文型は役に立つ」と書くだけで説明がない。「文を分類するのに便利だ」との理由を見たが、入試には「この文は第何文型か」という問題は出ない。「賛成論者、説得力がないな」と思っていたら、やっと説得力のある論を見つけた。
 それがマウスバードさんの「苦手なりの受験英語」だ。マウスバードさんは予備校の英語教師をしている。英語教師なんて学生時代に英語が得意なのでその職に就くのだろうが、マウスバードさんは珍しくも学生時代には英語の劣等生だった。おかげで苦手な人間がどこでつまづくかを、苦手な人と得意な人の違いを熟知する貴重な人材だ。
 話を訊くと以下のようになった。英語の得意な人は勘でわかるので理屈っぽい文法を嫌う。一方、苦手な人は勘が聞かないため文法で教える必要がある。英語教師は学生時代から直感で英語がわかるので苦手な人の心理とその処方箋を知らないことがある。そして5文型とは「構文といいながら実は動詞の性質を便宜上5個に分類するもの」だという。また5文型と関わるのが自動詞と他動詞だ。他動詞はI enter the room. と目的語(the room)なしには成立しない動詞。自動詞とはI go. など動詞だけで成立する動詞だ。第1、第2文型の動詞は常に自動詞で、第3〜5文型の動詞は常に他動詞だ。

I arrive at the station.(第1文型)
S V

I reach the station.(第3文型)
S V O

 どちらも意味は同じなのに文型の種類が違う。at the stationは副詞節としてばっさり切り捨てられてしまう。ここが5文型不要論者の批判するところだ。たしかに英語を学問として研究するなら無理がある。じゃあなんで第3文型のthe stationは切り捨てられず目的語になるかというと動詞に理由がある。arriveは自分だけで成立する自動詞なのに対し、reachは目的語が必要な他動詞。だからI arrive.という表現は文法的にはOKだけれど、I reach.はだめ。動詞の性質で文型がちがうのだ。
 またhave、getなど状況によって自動詞にも他動詞にもなるものもある。


He made his son a toy. (第4文型)SVOO 彼は息子におもちゃを作った
He made his son a lawyer. (第5文型)SVOC 彼は息子を弁護士にした


 最後の名詞がひとつちがうだけで文型が変わり、意味がちがう。

 ここまで見て、「こんなの文型やら自動詞・他動詞やらを考えなくても動詞の意味を知っていればわかるだろ」と思う人もいるだろう。僕がそうだった。じゃあこんな文はどうだろう?

To decrease tax, he applied to contribution.

税金を減らすため(To decrease tax)彼は寄付(contribution)を○○した(applied)。

 さて彼は何をしたのでしょう。applyを辞書で引くと最初に「応用する・利用する」とある。「税金を減らすため彼は寄付を利用した」この文で意味は通る。でもapplied to contribution と前置詞(to)がある。前置詞があるからこれは第1文型。先に書いたように第1、第2文型の動詞は常に自動詞で、第3〜5文型の動詞は常に他動詞だ。このappliedは自動詞だ。辞書のapplyをもう一度見ると「応用する・利用する」の前に他動詞(vt)と書いてある。後ろのほうの意味を見ていくと自動詞(vi)があり、その後に「申し込む」との意味がある。正解は「税金を減らすため彼は寄付に申し込んだ」。  入試レベルになると複数意味を持つ動詞がでてきて、どの意味に相当するか混乱することがある。文型から自動詞と他動詞を区別し正しい意味をつかむことができる。

 まだ釈然としない人のためにもうひとつ例を挙げる。

The people who would never point to a customer at a counter and remark to friend that the man is wearing a smart tie behave quite differently with famous faces.

 大学受験に出てきそうな長い文章。おまけに関係代名詞と仮定法が入りpoint・remark・wearing・behaveと動詞が4つもあり意味が取りにくい。断っておくと、この文は「苦手なりの受験英語」にあったものを借りてきた。さすがにこんな複雑な文は自分には作れない。

 正直書けば、この文をはじめてみたとき読めなかった。以前ナルニア国物語を根性で読んだことはあるが、この文は読めない。この文を勘で読める人は少ないだろう。理詰めで解読していくことになる。

The people (who would never point to a customer at a counter and remark to friend that the man is wearing a smart tie) behave quite differently with famous faces.

 関係代名詞をかっこでくくると、peopleの述語動詞behaveは後ろのほうにあった。5文型はみなSVで始まるので述語動詞を探すのが解読のポイント。

 関係代名詞の部分を除いて訳すと

人々は有名人の顔にたいしては全然違う振る舞いをする。

 詳しく書くとうんと長くなるので、はしょって訳す。

カウンターの客を指差して、友人に「あの男はいいネクタイをつけている」と批評することはない人々が有名人の顔にたいしては全然違う振る舞いをする。

 先にも書いたように、教科書の文章は素直なので知らない単語を辞書で調べるだけで何とか読めて、予習は済んだ。子供向けのナルニア国物語ならやさしい表現なので5文型を考えなくてすむ。5文型の必要を感じるのは大学入試レベルのごちゃごちゃな英文だ。
(一部修正)マウスバードさんにいわせると、易しい文でも5文型は考えておいたほうがいいそうだ。ただしはじめから勘でわかる人には不要。(修正終わる)

 直感でこんな長い文を読める人には5文型なんて不要。直感で読めない人が理詰めで理解するためには必要。実のところ直感で読める英語の成績のいい人が英語の教師になることが多い。そんな先生たちは自分が5文型を必要としなかったので、不要論を唱える。予備校の先生、ごめんなさい。あなたの授業で確かに短い文は読めたけど、ごちゃごちゃした長文は読めませんでした。

 5文型について私見を交えてまとめてみる。


 5文型は学問的には無意味。

 ただし受験英語では役に立つ。
 日本人が英語という異国の言語を、それも大学入試に出てくるような複雑な文章を理解するためには、5文型はシンプルで便利。ただしわかりやすくても正確ではない。


 しょせん便宜にすぎない。直感で長文読解ができる人には不要。5文型で文章の流れがつかめるようになったら、捨てたほうがいい。




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