怪作 熱血小説宇宙戦艦ヤマト


注意
これを読む人はヤマトの話を知っている前提で書く。ネタバレあり。


 このサイトではたびたび昔の児童小説を扱ってきた。今回取り上げるのは少年倶楽部で『豹(ジャガー)の眼』を書いた高垣眸が昭和五十四年に手がけた宇宙戦艦ヤマトのノベライゼーション。過去の大家が大ヒットしたアニメの小説化を手がけるのだからネタとしては最高だろう。その題名も『熱血小説 宇宙戦艦ヤマト』(オフィスアカデミー)!! 以下熱血と書く。

 断っておくが僕は高垣眸の作品はデビュー作『龍神丸』(大正時代のONEPIECE)と代表作『豹(ジャガー)の眼』「恐怖の映画」(「少女世界」昭和4年1月〜6月連載 博文館 豹の眼をスケールダウンした話)しか読んでいない。『怪傑黒頭巾』は未読。戦後の作風は知らない。

 この本が出る前に、朝日ソノラマから三分冊の『宇宙戦艦ヤマト』が出ている。ページには余裕があり、原作に忠実でキャラの心情をしっかり書いていた。すでに朝日ソノラマ版が売れているだけに、新たにノベライゼーションを出すのは営業的に不利であった。熱血のあとがきでは西崎義展プロデューサーから作者に強い要望があったという。営業的に高垣眸の知名度がほしく、プロデューサーの世代を考えると子供のころに高垣眸のファンであったため個人的な思いが強く、依頼したのではないかと思う。
 だが高垣眸は当時八十歳。二十年以上小説を書いていない過去の作家であった。

 売れるとみたか熱血は箱入りのハードカバー。



 表のイラストはまだいい。でも裏は傑作。デスラー総統が醜男。肩幅の割りに頭は大きく、全体のバランスがくずれている。この本の出来を象徴しているかのよう。なお別人の描いたページイラストは古臭いけどまとも。

 熱血のあとがきを読むと、高垣眸はヤマトを見たこともなかったが、西崎義展プロデューサーからの依頼を受けてTVシリーズ二十六話を見て、そのシナリオを読んだとある。そしてヤマトを気に入り小説化の仕事を受けた。原作にわりあい忠実に書きながらも、会話と細かい設定で自分の色を出そうとしている。なぜかアナライザーは未登場。森雪は金髪ではなく黒髪! 高垣眸はアニメを見たのだからミスではない。やまとなでしこは黒髪でなくてはならないという、先生の意思が垣間見える。でも本文イラストでは黒髪ではない。ファンの怒りを買わないための配慮であろう。
 ほかにもオリジナルキャラが数人。たとえば熱血オリジナルの中村啓太。古代と共に反射衛星砲の破壊工作に参加し、デスラー機雷を排除し、レーダー要員を務めつつ傍目に古代と森雪が恋愛感情をいだいていると察する。所属が戦闘班か航海班かわからない人間だ。もっともアニメだって戦闘班長が戦闘機のパイロットを兼任し、生活班長がレーダー要員と看護士を兼任する無理な組織のだからいい勝負か。他にもガミラスの捕虜となったヤマトの乗員とは無関係のヨハンがいる。ガミラスに寝返り通訳をしているのだ。アニメのお約束で宇宙人は流暢な日本語で話しているだけに、通訳というのは設定として面白い。
 ただし原作破壊をしないようにしているため、いてもいなくてもいいキャラばかり。

 熱血で使われなかった話は以下の五話。

第9話 回転防禦!!アステロイドベルト!!
第10話 さらば太陽系!!銀河より愛をこめて!!
第13話 急げヤマト!!地球は病んでいる!!
第19話 宇宙の望郷!母の涙は我が涙
第20話 バラン星に太陽が落下する日!!

 それ以外の二十一話を約二百五十ページで書いてしまった。一話十ページなので原作のあらすじの小説となっている。そこに作者のアレンジが入る。熱血オリジナル設定のユロパ星でコスモナイトと食料調達を行い二話をひとまとめにするという具合。ビーメラ星人も《ゆきかぜ》(熱血では駆逐艦《カミカゼ》!)も出てこない。ページ数の少なさを差し引いても展開の速いこと。
 『龍神丸』『豹(ジャガー)の眼』を読む限りでは、高垣眸は手に汗握るめまぐるしい展開を得意とするストーリーテラー。ただし昔の作品なので、ギャグでもないのにバテレンの妖術が出るし、インカ帝国の子孫を救うといいながらアリゾナでインディアンと共闘する。作者はインディオとインディアンを混同しているらしい。それに昔の話なのでキャラの会話が古臭い。熱血では作者得意のめまぐるしい展開が裏目に出て、読者が置いてきぼりにされたまま話が進んでしまう。
 ちなみにこのユロパ星は地球の二十倍の大きさだというのに、重力は地球並らしい! 熱血に出てくる数字はアニメより無理が多い。他の例を挙げるとヤマトの速度はアニメの設定では光速の99%だが、熱血では光速の99倍! 高垣先生読み間違えたな。相対性理論やウマシマ効果を持ち出して突っ込むのは野暮なのでいわない。でも光速の99倍も出せるなら金属腐食ガスもマゼラニックストリームもバラノドンも簡単に振り切れる。また熱血では波動エンジンでもワープが出来ない。ではどうするかといえば宇宙には時間すら存在しない虚無のワープ空間が点在し、そこに突入するとワープできるのだ。で、その一ワープの距離が三千光年。アニメでは日に二回ワープするが、熱血でも二回すると一ヶ月もしないでイスカンダルに着いてしまうぞ。

 アニメのガミラス人は血の通った人間として描かれ、その士官は例外はあるが私欲のない武人としてふるまっていた。そこがヤマトの魅力の一つである。ところが熱血では武人然とした様子などかけらもない。

 ガミラス星の司令室では、デスラー総統以下、ドメル、ヒス、ガンツ、ゲール、タラン等の部将達が、壁面パネルの前に集まって、ゴスペル星戦線の映像に見入っていた。意地の悪い嫉妬深い猿の子孫である彼らは、ゴスペル星での敗戦を、ガミラス星のために悲しむよりも、デスラー総統の信任の厚かったロンメルの失脚を、内心では手を叩いて喜んでいるあさましい連中なのだ。


 こんな記述が何箇所も出てくる。シュルツの「我らの前に勇者無く、我らの後に勇者無し」もカット。ドメルが敵に敬意を払いつつ自爆するシーンもカット。デスラー総統にいたっては簡単に部下を死刑にしようとする。また地球移住の際には役に立つものだけを連れていき、女子供と老人を置き去りにしようと計画していた。ガミラス人の子孫は地球の女に生ませるつもりなのだ。地球人を下等な生物と見下しているのに、よくもそんなことを考えたな。そもそも熱血の世界でもガミラス人は放射能(放射能とは放射線を出す能力のことだから本当は放射線というのが正しい)なかでしか生きられないのに、どうやって生ませるんだ。さらにはイスカンダルのスターシャを五十九番目の妻にしようと断られても断られても何十回も求婚する好色で粘着気質。
 敵は卑しく卑しく書かないと高垣先生は気がすまないらしい。仮名手本忠臣蔵の「鮒じゃ鮒じゃ鮒侍」と不要に憎憎しげに振舞う高師直のよう。わかりやすいといえばわかりやすいが、敵の人物像がうすっぺらになり、読んでいてしらけてくる。

 では地球人はどうかといえばこちらもアニメとはずれている。

 怪光波を放つ宇宙要塞を古代と真田が破壊したときのシーンを紹介する。マグネトロンウェーブではなく怪光波! 怪力線やら熱線やら、大昔の少年物に出てきた小道具だ。

「駄目だ。オレは動けない。君一人なら、この穴っぽこから這い出られるだろう。僕を置いて行けよ、古代」
「何をバカな。二人できたのに一人で帰れますかってえーんだ。僕がおぶって行くよ。さあ、僕の背中におぶりなさいよ」

 熱血の真田はほとんど「僕」と自称している。キャラにあっていない。古代も活きのいいキャラとして書いたのだろうが、変な言葉遣いの頭の弱いキャラになっている。アニメでは直情な古代、慎重な島、冷静な真田…と性格わけがされていた。でも熱血では見事に性格の書き分けができていない。おまけにべらんめえ調が多いので、落語の八っつあんや与太郎がヤマトにまぎれこんだ錯覚をおこす。
 そしてデスラー機雷を突破したときの森雪の科白。

「艦長、よございましたね」

 よございましたねって、雪さん、あなた何歳ですか?
 敵味方とも描写がひどいが、情景の描写もひどい。例えばヤマトが波動砲でコロナを撃つシーン。

「古代、波動砲発射用意」
「えッ、あの火柱を波動砲? そ、そんなこと……」
「命令だ。あの火柱の真中を射て。本艦の正面だぞッ」
「はいッ。波動砲発射します」
 進は波動砲の引き金を引いた。ブルンと振動が伝わって、すさまじいエネルギーの光の束が、前方に聳え立つイレギュラー・コロナの大火柱の中央を、一瞬にして射ち貫いた。と、そこに直径二〇〇メートルばかりの大きな空洞が一瞬にしてポッカリと口を開いたのだ。

 波動砲が拳銃並みの手軽な武器になっている。臨場感皆無。アニメを見ているのに、この描写か! もっと字数をふやせ。おかげで脳内補完しつつ読まなければならない。想像力をかきたてられるのではなく、想像力を強要される小説だ。

 他にも七色星団の戦闘シーン。

「敵襲だ」
 全員はスワとばかりに緊張する。だがどこを見まわしても敵の姿は見えないのだ。
「あッ、レーダーが破壊されて見えなくなったッ」
「だが敵は確かに頭上の銀色の煙幕の中に違いない。高射砲で撃ち払えッ」
「主砲のレーダーがやられたッ」
「後部艦橋もだ。くそッ」
 ヤマトの対空砲ショックガンが火を吹く。だが無念の盲射ちだ。”暗夜に鉄砲”のいろはカルタそのまま、命中したのかどうかも知る由がないのだ。

 キャラの科白だけで状況を説明するのはプロの作家の仕事ではない。緊迫感皆無。作者の実力は『豹(ジャガー)の眼』のころより落ちている。

 昔、小説の書き方の本を読んだら文章の書き方ばかりを説明してあるので、「肝心なのは文章よりもアイデアだろ。いかに面白い話を書くかが大切なんだ」と反感を覚えたことがある。でも熱血を読むと、どんなに題材がよくても、それを活かす文章力と構成力がなければ悲惨になることが非常によくわかる。

 高垣先生の暴走は止まらない。
 イスカンダルでのヤマト乗組員の反乱。アニメではガミラスの地殻変動の影響で反乱者の籠城していたダイヤモンド大陸が沈み、片がつく。熱血では反乱者が籠城していたダイヤモンドの人工島のキングストン弁(船かよ)をうっかり開けて島が沈むように変わった。高垣先生は反乱者には天罰を与えたいようで、海に投げ出された反乱者はみなピラニアに食い殺されてしまったのだ。ここまでくると少年倶楽部の乗りである。でも理屈を言えば、島が沈むと激しい水流のためピラニアも人を襲う余裕などないし、反乱者は溺死するだけだと思う。

 そして放射能ガスを吸いつつもコスモクリーナーを作動させて死んだ雪を前に佐渡先生は人工呼吸をすれば助かるかも助かるかもしれないという。本当か!?

 手早く宇宙服を脱ぎ棄てたが、童貞の進は恋人森雪の体に跨ることは、なんとなく性交の体位(ラーゲ)に似た気がして面映く、ちょっと躊躇ったが、もちろんそんなことに拘っている時ではなかった。

 性交の体位(ラーゲ)! 高垣先生、対象読者は誰ですか? アニメは小学生も見てるんだけど。ヤマトで性交の体位(ラーゲ)が出てくるとは思わなかった。
 最後は、ヤマトは武装解除してイスカンダルへの観光船兼貨物船となるだろうと話が結ばれている。やめてくれ。

 西崎義展プロデューサーは熱血の出来栄えに頭を抱えたことであろう。無名の物書きがこんなものを書けば、怒鳴って全面書き直しかボツにすればいい。でも、相手は(過去の)大家だし、自分から頼んで書かせたもの。しかたなく出版したのであろう。
 放送作家であった息子の高垣葵さんに書かせつつ、高垣眸の知名度(昭和五十四年では過去の人だけど)を宣伝で活かせば、ずっといい作品になったと思う。

 全盛期は山のようにファンレターが来た人気作家が戦後三十年過ぎているのに感性が戦前のまま止まり、戦後の多くの傑作から影響を受けなかったのは驚異的だ。作者はアニメを気に入ったうえで書いている。原作破壊をしないように努めている。だが小説の技法がひどいうえ、センスがずれているので熱を込めて書くほどギャグとなり作品がおかしくなってしまう。これはりっぱなトンデモ本。聖書の「古い皮袋に新しいぶどう酒を入れるな」の教えそのままだ。
 高垣眸は四年後の昭和五十八年に亡くなっている。もっと長生きしてガンダムやマクロスの小説版も書いてほしかったな。

 ちなみに月刊テレビランドでわずか六話連載された聖悠紀先生のヤマトの漫画がある。これは単行本にはならなかったため、ヤマトファンクラブが渋るプロデューサーと交渉の末、やっと三百部のみ発行したらしい。聖悠紀の絵柄は確立してしまい、アニメのタッチとは別人。ただしメカの描写はけっこういい。六話なのではしょりオリジナル展開でつなぎイスカンダルに到着して終わる超展開。さらには病状を隠さんとする艦長が森雪にばらしたら殺すぞとおどす。あんたは海賊船の船長か? プロデューサーが発行を渋るのも無理はない。


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