かくして私は音楽の授業が嫌いになった(前編)




だれにも苦手な科目はあるだろう。俺の場合は音楽が苦手だった。

歌えない
演奏できない
教師もバカ扱いするだけでうまくできる方法を教えてくれない
やる気もなくなり、ますますできなくなる悪循環。

今でこそジャズやロックの名曲(のタイトル)ぐらいは知っている。「チーフタンズの演奏がさぁ…、エンヤの歌がさぁ…」とハッタリもかませる。でも小中学校のときは音楽とは一切縁がなく、「松任谷由実 とユーミンって同一人物だったの」とボケをかましていたぐらいだ。

小学校の一、二年生の時は担任の先生が音楽の授業をしてた。その先生はとってもいい人だったけど、さすがに専門外のことを教えることは難しかった。
ハーモニカもミの音を出すつもりでも隣のレとファの音も出てしまう。ラの音を出すつもりがずれすぎてファの音を出す。手が速く動かず音符通りにふけない。そんな俺を上手く教えることができなかった。
歌だって同じ。人前で歌うのは拷問だ。歌っているうちに三半規管に狂いが生じめまがいする。床が緩やかにぐらつく嫌な感触が足裏から伝わるんだ。音大卒や歌の好きな人を何人も知っているが、人前で歌い演奏するくらいなのでそれ相応の自己顕示欲がある。下手でも好きな人間は自己陶酔で遠慮なく歌う。まるでジャイアンのコンサート。「音痴≠音楽嫌い」はままあるようだ。
一方、引っ込み思案(当時は)の俺には人前で歌うのは、それも下手な歌を歌うのは苦痛だった。

そして三年生から専任の音楽の教師が授業を受け持つことになった。あの四年間は苦しみだった。楽器はハーモニカからリコーダーにかわったが、あいかわらず演奏できない。指がうまく動かない。音を鳴らすだけで曲になってない。
あのプラスチック製のリコーダーには呪いの魔力がある。どんな名曲でもあの楽器で演奏すると安っぽい曲になるのだ。そのうえ、下手な小学生が吹くのだから、ピーキャーと雑音がまじる。音楽のセンスが豊かな人にすれば拷問だろう。
そのうえ小学校の音楽の教師は見るもの聞くもの全てが気に食わないようで、何かと生徒を怒鳴ってた。特に俺は成績が(そして授業態度も)悪くて怒鳴られたのでその印象が強い。合唱のときも「おまえらの歌い方はこうだ」とふみつぶされたガマガエルみたいな声を出す。けなすだけでどうすれば上手く歌えるか教えるわけでもない。あるいは自分は好きな世界だからこそ直感的にわかるので、論理的に教えられないのかもしれない。とここまで書いて気がついたがあの教師が歌うところなど一度も見たことがない。ピアノは弾けても、歌には自信がないのか。自信がないわりに音楽の教師としてのプライドのため自分から率先して歌い「下手でもいいから楽しく歌おう」とは教えられないのかも。
また生徒の声に合わせてピアノを転調(キーを変えること)などしてくれない。ずっとのちに知ったがソロのピアニストのなかにはプロでも特定のキーだけで弾き、他の演奏者や歌手に合わせて転調することができない人がけっこういる。この教師も転調できないのかもしれないが生徒にはつらい。
なおこの教師は生徒をおまえ呼ばわりするが、落語家の鈴々舎馬風に似た女性だ。おまえ呼ばわりするならいっそ姉御肌にふるまえばいいものを、怒ったあとは不愉快な態度をずっと引きずっていた。でも授業参観のときだけは「○○ちゃん」と生徒を呼び、いい先生のふりをしていたな。

あるときも演奏会でテレビアニメの主題化をみんなで演奏することになった。試聴のためその曲を流していると、どのクラスにもいるお調子者数人が曲に合わせ歌い出した。すると真っ赤な顔で

「歌うな!!」

とわめいた。おいおい歌うってことは生徒の関心をひいたことなんだから、「そこ静かに」ぐらいにしとけよ。これじゃどんな曲を選ぼうが生徒は苦痛だ。
この手の演奏会や合唱会は小学校のころ何度かあったが、俺はリコーダーを吹くふりか口パクだった。で、その音楽の教師が指揮者なのだが、指揮棒(タクト)の見かたなんてならってないぞ! まあ習っても俺には理解できないだろうが。でも彼女は嬉々として指揮棒を振っていた。センセー、なんでみんなの前で棒を振りまわしてんですかー? うっとうしいのでやめてください。そんなことを言えば殴られたろうな。
想像だが、本格的な音楽の仕事をしたかったけどしかたなく教師をやっていたのかなと思う。

小学校一、二年生の時は音楽は苦手だったが。この教師のおかげで完全に嫌いになった。授業のため音楽室に行くときは足が重かった。余談だが、この音楽室には一クラス分のオルガンがそろえてあり、生徒はオルガンの前に座って授業を受けていた。でもオルガンなんて授業で使ったことがない。宝の持ち腐れ。どうせ俺には弾けないけど。
当時小学校に音楽の教師は二人いて、もう一人のやさしそうな年配の女性は高学年を教えていた。後数年で、この鬼婆とは会わずにすむと思っていたが、俺が高学年になったときそのやさしそうな教師は学校から去った。詐欺だ! 卒業まで鬼婆とつきあわなければならないのか! あのときは本当に嘆いた。もっとも彼女だって「あのバカとまだつきあわなければならないのか」と思ったかもしれないが。
実技はさっぱりで、理論もさっぱり。おかげで長調と短調なんて言葉は知っても違いがわからない。ゆっくりした曲が長調で速い曲が短調? どうもちがうようがけどわからん。教師もまともに教えない。こっちも質問はしないけど。そして拍子の説明をしているときに、この教師は「音楽ができないと算数ができない」といいだした。円グラフのような図を黒板に書き。生徒に「これは何分の分」訊いてきた。そして俺の番。円の3/4に斜線が引いてあるので「4分の3」と答えると「ちがう!!」とわめかれた。なんでー? 結局教師は「違う」といいながら正解を教えないので永遠に不明だ。そもそも算数をもちだすのなら4/4拍子は通分しなくちゃならないので1拍子だろが。それに算数は俺の得意科目。音楽ができなくても算数はできる。音楽教師が算数をもちだしたのは生徒の関心を引こうとしたか、音楽が一般科目より軽く見られているという焦りがあったのかもしれないが強引だ。この教師も実技が得意で、理論は勘でわかっているだけか? 勘でしかわかっていないので、理論を人にわかるよう教えられないのかも。

音楽の授業は苦手でもカラオケやポップスを聞くのはすきだという人はいる。でも俺は学校の音楽教育のため歌謡曲たぐいすら聞かなくなっていた。テレビで歌番組が始まると、家族が見ているのでチャンネルを変えこそしないが、耳と目をそむけ別のことをしていた。有名な歌手や曲が話題に出ても「なにそれ? 美味しいの?」としか反応できなかった。

音楽の成績は三段階(よくできる・ふつう・もうすこし)の「もうすこし」ばかり。「もうすこし」のところにゴム印が押してあるだけで備考欄にはなにも書いてない。なにが「もうすこし」? どうすれば成績があがるか書けよ。まあ、自分のやる気のなさを棚に上げてはいるが。あの教師も一人で数学年の数百人を受け持ち負担は大きかった。ただし普通あるいは熱心にやろうとするならば。一部の子には独唱やコントラバスの演奏を担当させていた。これはひいきとまではいかないが、一部のできる子だけを相手にしたかったんだろうな。そのほうが楽だし、教えがいがあるからな。でも彼女は残りのできない子はできようができまいが知ったことかとばかりに授業をしていた(わが主観)。
こんな授業でも、音楽や美術は特殊な科目なので教頭、校長も口を出しにくいだろう。もしかすると、大切な科目ではないので口を出す気もないのかもしれない。

六年生の三学期に音楽室の入り口にリコーダーの演奏試験に合格していない人間の名前が張り出された。もちろん俺の名前も入っている。追試を受けろとの旨が書いてあったが、呼び出しは食らわなかった。人をさらし者にするのが目的か。俺は「さらしたいなら勝手にすれば。どうせ合格しても成績は変わりないんだろ」と思い、追試は受けなかった。教師も何もいわなかった。こうして卒業し、この教師とは二度と会うことはなかった。

ただし、数年後弟もこの教師の授業を受けた。最初の授業では、この鈴々舎馬風もどきはにこやかに「名前は山田? ああ山田さんの妹。鈴木? 鈴木くんの弟」と人当たりのよい対応をしていた。そして弟の名前を聞くと「やまぐちぃ〜!!」
弟よすまん。ただ幸い弟は音楽のセンスがあったのでトラブルにはならなかった。それにしてもだ、俺のことなんか忘れとけよ!! ちょっとだけ評価すると生徒の人間性に無関心な教師は名前を覚える気がないので生徒を出席番号で呼ぶそうだが、あの教師はそこまでひどくはなかったということか。

《前編終了》後編につづく


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