三宝太監西洋記本邦未訳の脱力系中国古典小説






 三宝太監西洋記、三宝太監下西洋通俗演義、西洋記などのタイトルのついた この小説、ジャンルは西遊記と同じ神魔小説。 中国の古典小説の研究家、マニアが題名を話題にするぐらいで、翻訳は過去にはなく 将来にもありそうにないです。その理由は簡単。
とってもつまんないから。

 ということでネタとしてこの小説を取り上げてみます。底本は上海古籍出版社の『三宝太監下西洋通俗演義』。 ただし今この本が手元にないのでうろ覚えで書いています(おい!)ネタ晴らしをするので、自分でこの本を読んでみたいという人は、ここから先は読まないで下さい。それから、西遊記、水滸伝など明代の中国古典小説は口語文なので、学校で習った漢文の知識では読めません。読みたければ現代の中国語を勉強してください。

 時は明朝永楽帝の御世。聞けば、故事成語にもある「和氏の璧」より始皇帝が作らせた玉璽が代々の中華の皇帝の秘宝として大切にされていた(もちろん史実じゃないです)。ところが元朝の最後の皇帝順帝が明の朱元璋が北京を攻める直前、闘わずにモンゴルへ逃げたとき(こっちは史実)、その玉璽も順帝と共に西洋(中国の西側という意味でヨーロッパとは関係なし)に渡り行方知れずとのこと。そこで永楽帝は玉璽を取り戻さんと大船団を建造し、世界史の教科書にも出てくる鄭和(三宝太監は鄭和の称号)に命じ大船団を率いた冒険へといかせたのであった。

 とても魅力的な設定なんです。数万人もの人間を従え、何十隻もの大船団を率い大海原を冒険の旅に出る。スケールの大きな話でしょう。設定は素晴らしい、そう設定だけは。問題は説明ではそれだけの大人数がいることになっているのに、話のなかでは西遊記ぐらいの特定少数のキャラしか登場しないのでスケールの大きさなんてかけらもないんです。
 現在の作家にしても大人数と大艦隊のリアルな表現は難しいので、敵の宇宙艦隊を相手に一隻で闘うスーパー戦艦という話にしたり、何万隻の敵艦隊にたいしこちらも何万隻もの艦隊で闘う壮大な話にして個々の人間の活躍が埋もれたり、物語として面白いかはともかくマニアからは突っ込みまくられる作品がありますよね。

 この作者は実力不相応のネタに手を出してしまったうえ、魅力的な設定を生かしてスケールの大きな話を作ろうなんて気はありません。スケールが小さかろうが話が面白ければそれでいいんですが、単に「西遊記みたいな物を書きたい」ぐらいの意欲しかないんです。出てくる敵も金角・銀角・鹿皮大仙・・・って、おいおい。西遊記のパロディではなく、劣化コピーです。お話も玉璽を求め各国を訪れるのですが、いつも各国の王、その他が怪しいのなんのと難癖をつけ戦闘になり、最初はお馴染みの武将が戦い、敵の妖術使いにかなわなくなると、魔法の使える道士が登場して勝利! たまにこの道士でもかなわない敵がいると、さらに強い坊さんが登場して勝利! ずっとこの繰り返しです。西遊記なら後半はともかくパターン化しないよう工夫してあるのに、三宝太監西洋記にはそんな工夫なんてありません。
 魔法で勝敗が決まるので武将たちは不要なキャラに成り下がってます。水滸伝にも魔法の使える公孫勝がいます。でもやたらに登場すると武将の活躍の場がなくなり物語がつまらなくなるので、滅多に出てきません。話の流れが不自然であろうと公孫勝の出番は最小限です。三宝太監でも道士と坊さんの出番を抑え、魔法の使えない武将でもやり方次第で妖術使いを倒せれば話に広がりが出たことでしょう。
 おまけに各所に出てくる追いかけっこがしびれます。
 Aが○○山に逃げるとBは○○山へ行く。Aが◇◇山に逃げるとBは◇◇山へ行く。Aが●●山に逃げるとBは●●山へ行く。Aが△△山に逃げるとBは△△山へ行く。という調子で1、2ページ書きつめてあります。腕のある講釈士が読み上げるなら聞いて面白いかもしれませんが、こんなの文章で読んでも面白くもなんともありません。こんな技巧(?)を何度も見せ全百回、千2百ページも書いてしまえるこの作者ってとっても鈍感なんだろうなと思います。
 なお題名にもある三宝太監鄭和は影が薄いです。ここは仕方がないこと。三国志演義・西遊記・水滸伝のトップもボンクラです。劉備は武芸で関羽・張飛に劣り、策略で孔明に劣ります。三蔵法師は何度も妖怪にだまされ、さらわれ、殺されそうになります。ひどい目にあっても学習しません。宋江もしょっちゅうピンチです。トップが有能だと部下が活躍できなくなります。むしろ間抜けなトップを救わんと部下が活躍することで物語が展開します。まあ鄭和が無能でもこの本は全然面白くないのですけど。

 せっかく読み出したんだし、結末が気になるので読みつづけてみました。すると終わりのほうで鄭和の艦隊が地獄に到着。なんと地獄はあの世ではなくこの世にあったんですね。これはちょっと新趣向。地獄ではかつて倒した敵が「国のために闘ったのにあいつらに殺された」と閻魔大王に訴えますが、当然主役が有罪になるわけがないので訴えは却下。この新趣向も大したことなく終ります。
 こうして西の果てまでいっても玉璽は見つからず艦隊は中国に帰りました。
 玉璽を求めんと手間をかけて大艦隊を建造させた皇帝が「それならしかたがない」と許してしまうのもとても安易です。永楽帝は内乱を起こして甥の建文帝から国を奪い、激しい粛清をおこなった人物。とても許してくれそうには思えません。
 中国文学の研究家によれば、終わりのほうまで書いていた作者が亡くなり、周りの人間が急いでまとめてしまったらしいのですが。

 怪作、トンデモ本というほどのパワーはありません。暇でしようがないし、力が抜ける物を読んでみたいならお読みください。つまらないことは保証します。

(追記)
いつのまにかhttp://open-lit.com/bookindex.php?gbid=218に原文がアップされている。ただで読みたければこちらへどうぞ。


inserted by FC2 system