『パソコンを疑う』を疑う

『パソコンを疑う』(岩谷宏 講談社新書 1997年)は少し古い本だが、出た
当時その方面の知識のある人たちのあいだで話題になった。

ただし悪い意味で。



過去に書いた文を寄せ集めたか、章によって「だ調」「です・ます調」と文体
が変わり、内容も中途半端な知識で間違った事を書き、章によって矛盾するこ
とまで書いてある。
ところがこの本、「パソコンが難しいのは自分のせいじゃない」というパソコンを
難しく思う人には耳心地のいいスタンスを取り、「軽薄」「高慢」「馬鹿」と自信
満々に現状批判をしているため、その方面の知識がない人たちはいい本だと
評価することが多い。
なにも評価する人をバカという気はない。僕自身、専門外ついて自身満々に書
かれたろくでもない本を「素晴らしい」と思ってしまう可能性は充分あるから。

そんなことで、万一その方面の知識がない人がこの本を読んで勘違いしないよ
う取り上げてみる。(こんなマイナーなサイトを見る人がどのくらいいるかと
いう重大な問題はあるが)

(序章15ページ)
日曜大工用の木工機械の使いやすさに比べ、パソコンが難しいのは、「情報処
理という仕事はきわめて多線的な仕事」のためソフト開発者のイメージと使用
者の目的がめちゃくちゃずれているからという。

指摘の半分は本当だ。事務処理は業界によって方法の違いが大きいし、同じ業
界でも会社によってかなり違う。
でもあとの半分は見事にうそ。パソコンを使わないアナログの事務処理、絵、音
楽も相応の専門知識と慣れがなければ上手くはいかない。アナログで上手くは
いっても、パソコンでは土地勘のきかない場所で目的地を探すようにいきなり
上手くいくわけがない。

 実際、専門知識と慣れのいらないゲーム(約束事がいっぱいのシミュレーショ
ンゲームを除く)なら使いにくいと文句をいう人はいない。もちろんユーザーに
とっつきやすく作り上げている製作者の努力があるが。

(序章22ページ)
プロのプログラマはXXXに関してはアマチュアですらなく、もっと単純に無知無経験者です。逆にさまざまなXXXのプロたちが自分でプログラムを作る(中略)それが人間のコンピュータ利用の自然で常識的な流れです。
医師やパイロットは今度は逆に、プログラミングのプロではない? おっとっと、プログラミングプログラミングのプロないしプロのプログラマは、さっきいったとおり、今の時代かぎりの、本来あってはならない存在、間違った存在であることをお忘れなく。

前半は正しい。事実、業務の素人が設計したためバグが出ることはある。でも
斬新な意見ではなく昔からいわれていることだ。

じゃあなんで「自然で常識的な流れ」でユーザーがプログラミングしないかと
いえば、今度はユーザーがプログラミングの素人になるからだ。汚いソース、
冗長なコード、製作者以外が見てもわからない目的不明の変数、仕様書は製作
者の頭の中・・・、製作者の書いたプログラムを誰も引継ぎできない。

ここまでひどくなくても、プログラムは売上にならない片手間の仕事になり、
上司から評価されない(あるいはどう評価していいかわからない)、下手をす
ると「あいつはパソコンいじりばかりで仕事をしてない」とマイナス評価。
みんな「プログラムは自分以外の誰かが管理しているだろう」とみんなが思い
込むことも。

実際、平成9年度から13年にかけて山形大学工学部の合否判定ミスで本来入
学できた約430人が不合格になった事件も、採点システムの変更がプログラ
ムに反映されていなかったため。片手間の仕事扱いでプログラムの変更を誰が
いつどう開発者に連絡するか制度になってなく、プログラム変更のマニュアル
もなかったそうだから。

もっとよくある例が同人ゲーム作り。作者のいうようにゲームをわかっている
人が作るのに上手くいかないことが多い。

プログラムの経験のない人がいきなり3Dゲーム、MMORPGに
挑戦して失敗!

計画、人集め、人まとめ、スケジュール管理ができなくて失敗!

ちょっと規模のあるものだと余暇に作るため1〜2年はかかるし、
疲れ果て1、2作でグループ解散。


規模のある物を何作も作るグループもまれにあるがグループで会社を立ち上げ
たり、メンバーがプロかセミプロのクリエーターになり、アマチュアとはいえ
ない。

作者が現実から目をそむけようが、ユーザープログラミングの難しさは事実!

ユーザーがプログラムの素人という現状を「おっとっと」で
片付けては困るのだ。


二章ではソフトを作るために、ソースへの丁寧なコメント、コミュニケーショ
ン、ディスカッションの必要を説く。ごもっとも。でも序章23〜25ページ
でコミュニケーションの難しさというより本質的な不可能ぶりを説いたのに。

プロのソフトの開発現場だってそんなことはわかっている。それでもリーダー
の統率力と管理能力の問題、大規模プロジェクトになると大勢の人間が入り乱
れ現場が混乱する問題、営業優先の殺人的なスケージュールなどでうまくいか
なくなっている。丁寧なコメント、コミュニケーション、ディスカッションで
解決できることではない。

次に第一章「高速機は本当に必要化か」と事務処理には古いマシンで充分なの
に次々と高スペックマシンを出し値段が下がらないのを批判する。事務処理に
ついては本当にそう思う。でもパソコンの用途はとうに事務処理だけではない。

3DゲームのプレイやCGそれも2Dの静止画ですら描くとなると現行マシン
でも苦しいことがある。
でも、作者は「ちゃちっぽさや問題をまったく感じない完璧なコンピュータグ
ラフィックス動画像を楽しみたいかたは、頑張って何十億もするスーパーコン
ピュータを買ってください」と片付けている。
つまり、ネットでCG発表している人達は何十億とまで
いかなくても凄い金額のコンピュータで描いてるのか?
それにユーザーが自らプログラミングしろというなら、
自分でPhotoshopやLightwave並のソフトを作れってこと?

(Metasequoiaは個人で作ったものだけど作者は理系の専門知識のある人)

文章を書くときプロ、アマとも人に読ませるなら「こう書けばこういう反論が
あるな」と想定しながら書く必要はあるが(僕も自戒はしているが、完璧かと
いわれると自信はない)この人は茶化して簡単に片付けるきらいがある。

不思議なことに作者は他人が作った自分の目的に完全に一致しないはずのOS
を使うことをすすめている。OSは特別のソフトと見なしている可能性もあり
追求はしない。
ただドラクエが「ファーミリーコンピュータ」(原文ママ。スーファミではな
い)からプレステに移籍するケースをネタに、OSを使わないのでひとつのプ
ログラムがひとつの機種でしか動かず、原始的で非効率と指摘する。あのねえ、
ゲーム機はコストを下げるためパソコンより貧弱なハードなのでOSなんか乗っ
ける余裕はないの。

パソコンにしてもPC98もIBM−PC(DOS/V)もMS−DOSを乗っ
けてるのにPC98用ゲームはIBM−PCでは動かない。これはゲームで使う
画像処理機能がMS−DOSにはなく、ハードを直接いじるため。
Windowsで画像処理機能もサポートするようになりPC98もIBM−P
Cもソリティアとマインスイーパーが動くが、OSが多くの処理をするため重く
て商品レベルのアクションゲームが満足に動かない状態だった。
WindowsでまともにDOOM系の重いアクションゲームが動くようになっ
たのは高スペックのハードの登場とDirectXの普及以後のこと。
知ったかぶりでゲーム会社がOSを使わないことを批判しては困るのだ。

ただしOSを推奨するも、Windowsは内部が公開されないブラックボックスと嫌
い、ソースが公開されているUNIXを勧める。でもUNIXはC言語で書かれ
ている。
プログラミング言語はコンパイラという翻訳ソフトで機械語に翻訳されるが、
機械語に近いアセンブラ使いはC言語ですら「内部がわからないブラックボッ
クスなので不安だ」という。C言語では他人が書いたライブラリ(乱暴に書け
ばプログラムの機能を一まとめにした物)を利用することが多く、ライブラリ
はブラックボックスであることが多い。

ブラックボックスがいやなら、すべてアセンブラでプログラムを
書くだけだが、アマチュアには不可能。いやプロでもアセンブラ
が書けるのは一部の人。その一部の人も現在の肥大化したプログ
ラムを全部アセンブラで書くなら過労死する!

そしてブラックボックスを嫌う作者は (二章78ページ)であるべきコンピュータ社会をこう語る。
操縦士たちが作ったプログラム、われわれ一般乗客が見る、見てわかること。プログラムと呼ばれる記述作品が、現在の小説や新聞記事以上に優れたテキストになること。

先の引用文ではその道のプロが自分の需要のためにプログラム書くべきとあっ
たのに。
操縦や管制の知識のない素人が、プロによるプロのための
プログラムを見てわかるか。プログラムが記述作品!
あれは実用品。

この人、「コンピュータ社会かくあるべし」の思いこみが強くて、自分の思い
こみにそぐわない現状を無視しているんだ。一言でいえばは頑固親父。

部分的にはもっともなことも書いてあるし、一部のマスコミがこき下ろすだけ
で代案も出さないのにくらべれば立派だけど、トンデモな部分が多くていいと
ころをぶち壊しにしている。

つっこむときりがないが、長くなるし興味のある人は直接読んで面白く味わっ
てほしい。
この本は当然批判が多く、作者にも批判が届いているが、作者はへこたれてい
ない。企業=悪、市民=善、理科系=脳が萎縮した現実知らず・・・とステロ
タイプな頑固者に取り合っても疲れるだけ。

せめて編集者はこの作者に仕事を依頼しないでもらいたいものだ。

なお、

http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/iwatani/990223/textonly.html

に彼の文が掲載されているが、頑固ぶりがよくわかる。


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